バルナック型ライカとはどんなカメラ?
 バルナック型ライカとはライツ社の技師オスカー・バルナック(Oskar Barnack 1879-1936)が中心になって開発した初期のライカから、第二次世界大戦後十数年経って発売された新しいライカ−M3に世代交代するまでの、一貫したデザインで生産された旧型ライカの俗称である。一般に旧型とはライカM3以前のライカをさす。1930年代初めから1955年頃までに販売されたライカは数が多く中古市場でも比較的廉価な価格で手に入る。中古カメラ店にも比較的多い台数が展示されている。メカは大変精密にできている、ライカファンの多い所以である。旧型ライカは見た目も美しい。
 1925年にドイツのウェッツラーでライカが誕生して今日まで80数年が経っている。ライカは発売当時から精密、堅牢、軽量小型カメラとして注目されていた。しかも小型カメラながら写した写真の画質が優れていることに加えて、大名刺判蛇腹カメラの全盛時にあって、当時としては他に類をみない画期的な機能をもった小型カメラだった。今日の35ミリ判カメラの基礎になったカメラである。今でも24x36ミリのフィルムサイズをライカ判と呼ぶ人も少なくない。
 以来、たゆみなき改良を重ねて成長していったライカ、オスカー・バルナックの設計によるライカは30年以上も同じデザイン、同じコンセプトで製造されている。日本ではこの旧型ライカを後のM型と区別するためにバルナック型ライカと呼んでいる。旧型ライカ、スクリューマウントライカと呼ぶこともある。ごく初期のモデルを除いて、ほとんど同じルックス、仕様、性能であることは基本設計が優秀だったことを物語っている。この間の変化はシャッターが1/500秒から1/1000秒になったこと、ボディが板金からダイキャストになったこと、シンクロターミナルが付いたことなどである。したがって操作はどれも同じといって差し支えない。
 写真は望遠レンズニッコール105mmF2.5を装着したところ。ごく初期のモデルを除いて全ての旧型ライカはレンズ交換が可能である。ライツ製のほか数多くの世界のコピーライカのレンズがそのまま使える。50ミリ以外のレンズをつけた場合、実際は外付けファインダー付けて撮影する。  


ライカの製造番号
Leica 3F Top image
 すべてのライカには1920年代の最初のモデルから固有の製造番号(シリアルNo)がふられている。公表されているライカ年表からそのライカの製造年代や固有の特徴がわかる。すなわち自分のカメラの特徴が、たとえ70年前の製品であっても、かなり詳しく具体的にわかるのはライカの特徴である。ライカの売買で製造番号を記すのは、おなじモデルでも作られた年代によって小さなバリエーション(改良)があり、これらが値段に影響することがあるためである。
 シリアルNoはレンズにもふられていて同様にレンズの製造年代、その他がわかる。


ライカIIIF(ブラック・シンクロ)エルマー付き
価格が手ごろでもっとも手に入りやすいバルナック型ライカ
Leica 3F Elmar
 ブラック・シンクロとはライカIIIFの初期のモデルのこと。シャッターダイヤルの下の数字の色が黒(ブラック)なのでマニアの間でこう呼ばれている。後期のIIIFモデルはこの数字の色が赤になったのでレッド・シンクロと呼ばれる。この数字はシンクロのタイミングをとるものであらゆるフラッシュガンやストロボに同調させることができる。同調最高速度はブラックが1/30秒、レッドになって1/50秒になった。
 写真の装着レンズは俗称ニッケル・エルマーと呼ばれている。 1937年ころのごく初期のエルマー、当時はまだクロームメッキ技術がなくニッケルメッキだったことからこう呼ばれている。エルマー50mmF3.5はこんな古いレンズでも発色がよくシャープでよく写る、像の歪みもない。白黒の諧調も豊かだ。沈胴型なので使わないときはレンズがボディに沈みライカの携帯性がよくなる。

 コピーライカもバルナック型ライカ
 何故ライカか?

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